女性が「自分を知り、自分と向き合い、自分をひらく」を応援するWebメデイア、me:pakaのお久しぶりの記事更新は、まさにそんなme:pakaな道を歩みながら今を生きている女性へのインタビュー記事です。

今回は、このme:pakaの運営メンバーでもあり、この春から「発達科学コミュニケーショントレーナー」として活動している石澤かずこさんに、その活動内容や、その道にいたるまでの学びや自分を知っていったプロセスについてインタビューしました。

  • 発達科学コミュニケーションって?
  • 石澤さんが進路を決めたきっかけについて
  • 学びや子どもたちとの出会いの中で明確になった、石澤さんが大切にしたいこと

インタビュー前編では、小さなころから先生を目指していた石澤さんが、教師ではなく「臨床心理士」として働くことになったいきさつや理由についてお話を伺いました。

自分を知り、向き合うヒントを知りたい方、そして今まさに子育て中の女性にもぜひ読んでいただきたいです。


発達科学コミュニケーショントレーナーとは?

—— まずは石澤さんの簡単な自己紹介からお願いします。

石澤: 石澤かずこです。東京の品川区に、夫と5歳&3歳の娘と4人で暮らしています。

—— 石澤さんは今、「発達科学コミュニケーショントレーナー」として活動されていますが、この活動内容について簡単に紹介していただけますか?

石澤: 「発達科学コミュニケーション」とは、『発達科学ラボ』主宰の吉野加容子さんがつくられた、「脳科学と心理学と教育学にもとづき、子どもの脳をお母さんが育て、発達させるためのコミュニケーションスキル」のことを言います。
その方法をお母さんたちに教えるのが私の仕事なので、「発達科学コミュニケーショントレーナー」という肩書きで活動しています。

「発達障害」って近年よく聞く言葉だと思うのですが、「発達障害」という名前がつかない子でも、「なんだか育てにくいな…いつも叱ってばかりでどうしたらいいんだろう」と子育てに悩んでいるお母さんたちがたくさんいると思います。

そういったお母さんたちに、我が子に合った声かけの仕方や、子どもがスムーズに行動できるような声かけの方法をお教えして、お母さん自身が毎日おうちで子どもに発達支援を出来るようなトレーニングサポートを行っています。

—— 専門家に任せるのではなく、お母さん自身が自宅で毎日子どもに発達支援ができるようになる、ということですか?

石澤: そうです。それが出来るようにお母さんに支援方法を教えるのが、わたしの仕事ですね。

—— 通常は、発達障害と診断されたり、もしくはその可能性があるから様子を見ましょう、となった場合は、専門の支援施設に通うことになるのでしょうか?

石澤: 「発達障害」とはっきり診断がついた場合は、療育といって、心理士さんや言語の先生など、発達障害に関する専門の先生のところに子どもが通って教わる、というのが日本では一般的です。

ですがその療育スタイルでやっていくと、優先度の高い子から通う形になっているので、定員いっぱいで通えませんとなったり、「グレーゾーン」と言われている診断がつくかつかないか微妙な子どもたちに関しては、そもそも支援の枠自体がないんです。
さらに、幼児なら療育があるけれど、小学生以降はその療育すら用意されてないことも多いんです。

また、例えば月に2回療育に通って先生に指導してもらって、その時はうまくいったとしても、自宅でそのトレーニングを継続できないという問題があります。そうすると結局、子どもに対してお母さんがどう対応していいか悩んでしまうことになる。

発達支援は毎日の積み重ねなので、生活の基盤となるおうちの中で上手くいくように、お母さん自身が我が子の専門家になりましょう、というのが、私たちが取り組んでいる活動です。

—— お母さん自身が我が子の専門家、なるほど。
そんなお子さんの発達について活動されている石澤さんは、元々は臨床心理士としてお仕事をされていたとのことですが・・・

石澤: わたしは臨床心理士として今まで色んな仕事をしてきましたが、その内の1つがスクールカウンセラーです。
学校の中で子どもたちの話を聞いたり、保護者の相談に乗ったり、学校の先生たちと子どもを伸ばすための方法を一緒に考えたり、ということをしてきました。

学生時代に進路を決めたきっかけは、1冊の本だった

大学生時代の石澤さん

大学生時代の石澤さん

—— 仕事も含めて、臨床心理士の資格をとろうと思った元々のきっかけって何だったのでしょう?

石澤: 最初のきっかけは、1冊の本ですね。
私の両親は二人とも教員なので、小さい時から「自分も先生になるものだ」と思っていたんです。それで小中高と過ごして、その後は教育学部のある大学に行こうと考えていました。

そんな高校生の時に、「ハッピーバースデー」というドラマ化もされたけっこう有名な本を読んだんです。ある小学生の女の子がお母さんから精神的虐待を受けていて、でもそのお母さん自身も自分の母親と上手くいかなくて、それが投影されて主人公の女の子に虐待をしてしまう、という連鎖の話なんですけど。

私がそれを読んでグッと刺さったのが、主人公の5年生の女の子の異変に一番最初に気づいたのがその子の担任の先生だったんです。その担任の先生が、その子に寄り添いながら関わっていくという場面が私の中ですごく印象に残って。そこで「カウンセリングのできる先生になりたい!」と思ったんです。

—— その本を読んで、子どもに寄り添えるような先生になりたいと思ったんですね?

石澤: 私は昔から自信過剰なところがあるので(笑)
その本を読んで「私だったらもっと違うやり方をする、なにかもっとできたはず」みたいに思ったんじゃないかなぁと。あんまりはっきりとした記憶はないんですが…

—— ではもともと、「先生になる」というのが自分の中にあって、本を読んだ時に、ただ授業を教えるだけでなくて、傷ついた子どもに寄り添ってあげれるような先生になりたいと。

石澤: うん、そうですね。それで大学を選ぶ時に、全国の大学一覧が掲載されている予備校の冊子をパラパラっと見ていたら、ぱっと目についたところに「教育カウンセリング課程」と書いてあったんですね。
それで、「これは私のためにあるんだ!」と思ってしまって、それが長野県の信州大学だったんですが。

地元は愛知県だったので、そこに行くと実家を出ないと行けないとかいうこともその時はまったく頭になくて、とにかく「私はここに行く!」という感じで志望校を定めました。

—— 「先生になりたい」という気持ちと、本を読んで「カウンセリングも出来るようになりたい」という気持ちが沸いてきた時に、「教育カウンセリング課程」という文字を発見して、「ここだ!」と決めたと。

石澤: そうです、そしてそれがたまたま「臨床心理士」の養成課程だったんです。

—— ちなみに「臨床心理士」という資格は、学校でカウンセリングをするために必須の資格なんですか?

石澤: いいえ、そうではないんです。例えば東京都などでは「臨床心理士の資格を持っている人しかスクールカウンセラーとして雇用しません」というのを定めていたりするんですが、地域によっては臨床心理士の資格を持っていなくても、学部卒でもスクールカウンセラーとして雇用しているところもあります。

大学入学と同時に夢打ち砕かれて、「臨床心理士」の道へ

—— では「臨床心理士」という資格は、教育業界の中のカウンセラーとして働く中で一番信頼性のある資格、ということでしょうか?

石澤: そうですね。大学入学したての新入生ゼミの時に、「なぜこの学部に来たのか」について皆の前で話す機会があって。それで私は「カウンセリングができる先生になります!」と言ったんですね。
そうしたらその時の担当教員に「そんなの無理だよ」と一蹴されてしまって。「ええっ…!?」と思ったんですけど。「教師とカウンセラーは両立しないから」と言われたんですね。

その時はその言葉の意味が分からなかったんですが、「仕事として目的とするものが全く違うから、それを1人の人がやるのはおかしいよ」という感じでその先生はおっしゃったんだと思います。そこでいきなり夢を打ち砕かれて…(笑)

でも入学したのは心理学科だったので、勉強をしていくうちに「心理って面白いなぁ」と思えるようになったのと、2年生の時にたまたま選んだ研究室が、発達障害専門の研究室だったんです。

それで発達障害の勉強にのめりこんでいったんですが、発達障害に関わって仕事をしようとすると、支援学級(障害のある子のための学級)や療育機関の先生という道もあるし、「臨床心理士」として発達支援していく道もあるということが分かりました。

—— 臨床心理士として、の場合は「カウンセリングをする」ということでしょうか?

石澤: もちろんそれもあるんですが、臨床心理士はカウンセリングだけが仕事ではなくて、「アセスメント」といって、心理検査や、行動観察、お母さんの聞き取りなどの中から、その子が一体どんな問題を抱えていて、どんな風にアプローチしたらそれが改善するかという分析をすることも専門性の1つなんです。

その「アセスメント」が私はすごく好きだったんですけど、学校の先生になるとこのアセスメントはできないし、人数も30人とか、児童全体を見ないといけないのが学校の先生だったので。
なので「1人ひとりに寄り添う」ということをやりたいのなら、臨床心理士の方かな、と思ったんですよね。

全体よりも、1人の困っている子に寄り添いたい

石澤さんが教育実習時に1人の生徒のために作った練習問題

石澤さんが教育実習時に1人の生徒のために作った練習問題

—— なるほど。「全体よりも個によりそう」のが好きだから、先生ではなく臨床心理士の道を選んだんですね。

石澤: そう、私は教育実習で「先生に向いてない」と思ったんですよね。教育実習は小学校に行ったんですが、授業が理解できない子ばかりに目がいってしまって、その子に合わせた授業をしてしまっていたんです。
それで指導教員に「全体を引率するという意味ではそのやり方はどうなの?」と言われてしまって。

それでもやっぱり私は、みんなと同じやり方ではうまく理解できない子の方が気になるし、その子が「できた!!」って喜んでる顔を見るのが、私の喜びなんだなぁと気づいて。それで教師ではなく臨床心理士としての道を選びましたね。

—— 教育実習で、1人の困っている子に寄り添うことで喜びを感じる自分に気づいたと。

石澤: そうですね、それが教師よりも臨床心理士を目指す決定打になりました。

私が教育実習で出会った子は、おそらく学習障害の子だったと思うのですが、知能に遅れもないし普通に友達とも仲良くしているけど、算数の授業についていけない子だったんです。
数の概念がどうしてもわからないし、当時はコンパスの授業をしていたんですが、手先が不器用でコンパスを使えず、円も描けない、という。そういう子はどうしても通常の授業ではおいていかれてしまうんですよね。

—— 石澤さんはそれがどうしても気になって、そのままにできなかったんですね。

石澤: そうです。学習障害のように、発達の凸凹に対しては、教え方のスキルがあるんです。その子がどこが理解できなくて、どこまで理解できているかというのがわかれば、どういう風にアプローチすれば出来るようになるか、ということが見えてくるんです。それをやってあげるとやっぱりスッと理解できるようになるんですよね。

落ち着きがないわけでもないし、今までならいわゆる「勉強ができない子」と思われてたような子たちも適切な教え方をすればきちんと理解できるようになるんです。

教育実習の時はたまたまそういった学習障害の子に出会ったんですが、その後臨床心理士として教育委員会や療育施設などで仕事をしている間に一番多く出会ったのは、「落ち着きがない」「友達と上手く関われない」「教室から飛び出しちゃう」といった子たちで、でも知能に問題はないから障害児クラスには入れない、というタイプの子どもたちでした。

その子達をいかに通常のクラスに適応させて、その子の力を伸ばすか、ということを今までの仕事でずっとやってきましたね。


インタビュ-後編に続きます。

発達科学コミュニケーショントレーナー 石澤かずこさん

発達科学コミュニケーショントレーナー
石澤かずこさん

東京都在住。2人の娘と夫との4人暮らし。
臨床心理士として教育委員会やスクールカウンセリングなどの仕事に携わり、今年の春に「発達科学コミュニケーショントレーナー」として起業し、活動中。
禅の世界が好きで、毎年初めに「今年の禅語」を決めている。2018年の禅語は「一期一会」。
ご縁があって出会う1人ひとりの方との出会いを大切にしていきたいという想いを胸に、トレーナーとして日々精力的に活動している。
石澤さんのブログ「発達でこぼこ相談室」:https://ameblo.jp/nanahoshi-hiroba

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【発達障害とグレーゾーン】子どもの未来を変えるお母さんの教室

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